母、ときどき科学博士。オックスフォードより

イギリス人の夫と半分イギリス人の5歳に振り回される楽しい毎日。ときどき科学博士。

Too much information?

オックスフォード大学に勤めてかれこれ10年。

メインの仕事は研究だが、学部生の教育にも細々と携わらせてもらっていてつくづく思う。

 

オックスフォード大学の一番の強みは「決め細やかな指導」だと思う。
(大学院を含めたら「世界レベルの研究者と設備」と答えたいところ)

これもよしあしありであまりの面倒見のよさに「与えられたものをそつなくうまく処理できる人間」ばかりが育って、結構受身というか、強烈な個性を放つ学生が実は育ちにくい環境な気もする。日本では「欧米では、個性豊かなクリエイティブあふれる人間がたくさんいる」みたいな迷信があるがオックスフォードだって似たり寄ったりだ。(と個人的にはたまに思う。)

個人のプライバシーに関わるのでまあくわしくは書けないのだが、日本の大学ではきっと考えられない出来事に出くわしたことがある。

「決め細やかな指導」の一貫として学生は、大学生なのに大量の宿題が出る。「実験のレポート」とか「エッセイ」とか大学生っぽいものではなくバリバリの「問題演習ドリル」的な宿題だ。
どのくらいの量かというと、私の授業週1コマにつき、だいたいA4の紙に30ページぐらいの分量。
(もちろん理系なので全部がびっしり文字というわけではなく、半分以上は記号だったり図だったりする。)

学生としても、分量が多いのでほんとうにハードだろうと思う。

大学生とは思えないほどこちらも宿題の提出期限やクオリティに対して厳しくしろと上から言われているのだが、ある日1年生の男子学生からメールが・・・

「先週3年付き合っていた彼女と別れて、精神的に参ってしまっていてぜんぜん眠れないし勉強にもてがつきません。今週の宿題も明日の提出期限には間に合いそうにありません。ほんとうにすいません。」

みたいな内容。

1年生っていったらまだガラスの十代・・・。その年齢で3年つきあってきた彼女と別れるなんて人生のそりゃー一大事・・・。こちらまで胸が痛んでしまう。

その週になんとか授業に来た彼はもういたたまれないほどの傷心な様子。

宿題を提出できなかったので授業のあとに呼び止めて「つらい期間(眠れないとか食べられないとか)が長引いて大変なら、はやいうちにちゃんとヘルプやサポートをさがしな」と声をかけた。

こんなこと、私が卒業した大学ではありえなかった。「彼女と別れたから宿題できない」なんて先生に言うなんて考えられなかった。だって、あきらからに、Too much information。

ほかにもこんなこともあった。ほかの科目を担当している別の教授から、

「今週は、○○君のお母さんの1周忌にあたるころなのでもしかしたら、落ち込んでいたりするかもしれないので、気にかけてあげて。」という趣旨の指示を受けた。ご家族がなくなった直後ならまだしも、1年後を覚えていてあげられるその心遣いもはんぱない。

 

日本の大きな大学を卒業した私は、研究室配属の前の段階でそこまで講師陣とつながりは持てなかったし、持てるとも思っていなかった。

 

いいところも、さほど良くないところもある独特のオックスフォード大学。

ここまで、生徒を一人の人間としてケアしてあげられるそのシステムのきめ細やかさ。スタッフとしては神経を使うし、手がかかるけれど、いいこともあるのかもしれない。

 

実際、これまで教えた生徒たち、全員忘れずに覚えている。

ついでに、彼らの筆跡も。